2008年11月24日月曜日

知識と私

本を読むと、情報ばっかり頭に入って、
なんだか消化不良というか、頭でっかちになった気がする。

たとえば誰かが「凶悪犯って実は減ってるんらしいね」っていったら、
「報道の仕方が悪いよね」とか答えてしまう。
でもそれって自分が考えたものじゃなくて
どこかに書いてあったものだから、
実感が全然こもってなくて、言っときながら責任がない。
しかも誰にも届かない。

そういうのってみんな、ないのかなぁ。

うちはエッセイとかブログを読むのが好きだから、
かなりいろいろ読んでる方だと思う。
だからかもしれないけど、
知識はあるけど、しゃべれないんだよね。

やっぱ考えないといけないなぁ。

2008年11月8日土曜日

壁の写真

先日行った個人で経営されてるお店に行ったら、
「私たち結婚しました」みたいな写真が壁いっぱいに貼ってあった。
名前も公表(?)されていて、
個人情報もくそもないなぁと思ったのだが、
たぶん貼ってある人たちはそれをOKしたんだろうから、
こちらが文句をいうことはないんだろう。
でも、見てるこっちはなんだかなぁって感じだった。

あの「わたしたち結婚しました」というのに違和感がある。
なんだか無理やり「幸せです」と言わされたような違和感だ。
すごく嘘っぽい。

だいたい、結婚式自体も居心地が悪い。
十字架を前にした「誓います」っていうセリフにしらけるし、
神前式中に新婦が新郎の親戚側の席に移動することも
見ていて気持ちのいいものではない。
なんであんなことをするんだろうと思う。

でも、自分もあこがれていた時期があった。
なんでかさっぱりわからない。

結婚には幻想がなかった。
誰かのお嫁さんになりたいなんて思った事もない。
お嫁さんという言葉すらいやだ。
誰かと一緒に生きていくことには何の躊躇もないけど、
「結婚」という縛りが嫌だ。

それでもあこがれていたんだから、
あの気持は一体なんなんだろう。
わからないけど、結婚式はしてみたかった。
そう、してみたかったんだと思う。

で、してみた。
準備中に本気でやめたくなった。
めんどくさくなったとか、マリッジブルーだとかそういうことではない。
式をするということに、
みんなの前で愛を誓うということに嫌になったのだ。
できるだけ結婚式の形式にはのっからないようにしたけど、
家の中で「やっぱ無理~」とわめきながら準備をした。

終わってみて、式は親孝行だったと思っている。
それにあんなに親戚中がよろこんでくれるなら良かった。
もしそうでなければ、式を挙げたことは本当に後悔だけだっただろう。

2度としなくていいことが本当にありがたい。

壁の「結婚しました」カップルはそんな躊躇や揺れがなくて、
なんてノーテンキなんだろうと思う。
そしてそれが、私には不思議でならない。